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東京地方裁判所 昭和31年(レ)85号 判決

控訴人(原審被告) 富士製鉄株式会社

被控訴人(原審原告) 野村与三郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴の趣旨

(一)  控訴代理人は、原判決中控訴人に関する部分を取消す、被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する、第一審における訴訟費用中控訴人と被控訴人間に生じた部分及び第二審における訴訟費用は被控訴人の負担とする、との判決を求めた。

(二)  被控訴代理人は、本件控訴を棄却する、との判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張

当事者双方の事実上の主張は、当事者双方が次の(一)、及び(二)のごとく述べたほか、すべて原審判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

(一)  控訴代理人の主張

控訴代理人は「控訴会社は福井地方裁判所小浜支部昭和二十九年(ヨ)第四号仮処分事件につき同年三月二十日同裁判所が為した仮処分決定によつて被控訴人主張の株式の名義書換を禁ぜられた。従つて、控訴会社は同日以後に為された被控訴人の右株式の名義書換請求に応ずべき義務はない」旨の抗弁に関し、次のごとく附加陳述した。

(イ)  およそ裁判は、それが仮処分決定であつても、一旦成立すればたとえその内容に瑕疵があり不当であるにもせよ、訴訟上当然無効とされるものではない。従つて、福井地方裁判所小浜支部のなした右仮処分決定は、それが異議、上訴等によつて取消又は変更せられない限り、有効に存在するものであり、他事件においてこれと背馳する裁判をなすことはできない。被控訴人の本訴における株式名義書換の請求は、右仮処分決定が有効に存続する限りその理由がないこと明かであるばかりでなく、そもそも、右仮処分決定の効力を否定する請求を本訴において求める被控訴人の訴は、法律上不能な事項を訴求するものであつて、訴の利益を欠く不当な請求であるといい得る。

(ロ)  控訴会社は右仮処分命令の当事者である。従つて、控訴会社は右仮処分決定の当否を争い得る憲法第三十二条規定によつて保障された権利を有する。しかるに、若し、本訴において、被控訴人の請求が容認せられたと仮定すれば、右仮処分事件とは別個の本訴によつて右仮処分事件を律することになり、控訴会社の憲法上保障せられた右権利を奪う結果となる。

(ハ)  なお、被控訴人は、本件の第一審判決中被控訴人と第一審被告藤崎治間に関する部分が確定したので、被控訴人が右株式の真実の株主であることが確認せられた。と主張する。しかし被控訴人が右株式の真実の株主であるとしても、このことから直ちに控訴人の抗弁がその理由も利益も失うものではない。

右仮処分決定が有効に存在している限り、控訴会社は被控訴人の右株式の名義書換請求を拒まざるを得ない。

(ニ)  控訴人が抗弁として主張することは、要するに、たとえ被控訴人が右株式の真実の株主であるとしても、右仮処分決定が現に有効に存在している限り、控訴会社は右株式の名義書換請求に応ずることはできないというのである。

(二)  被控訴代理人の主張

被控訴代理人が附加陳述した要旨は次のごとくである。

(イ)  控訴会社の主張する福井地方裁判所小浜支部の仮処分決定中控訴会社に関する部分は実質上無効であること、これまで縷々述べたところである。従つて、控訴会社に対し被控訴人主張の株式の名義書換を請求する被控訴人の本件請求は決して控訴会社に法律上不能な事項を訴求するものではない。

(ロ)  控訴人は、若し、本訴において、被控訴人の請求が容認せられたと仮定すれば、控訴会社が有している右仮処分事件についての裁判を受ける権利を、右仮処分事件とは別個な本訴によつて奪つてしまう結果になる。と主張する。しかし、本件訴訟が右仮処分事件と別個な事件である以上、本訴に対する判決の効力が右仮処分事件に控訴会社主張のごとき影響を与えることはあり得ない。

(ハ)  本件の第一審判決中被控訴人と第一審被告藤崎治との間に関する部分は、右藤崎において控訴しなかつたため、控訴期間の最終日である昭和三十一年三月三日の経過によつて確定し、被控訴人が右株式の真実の株主であることが確認せられた。しかる以上、控訴会社は、最早、被控訴人に対し右株式の名義書換を拒否すべき理由も利益も失つたものといわなければならない。

(ニ)  控訴人の抗弁に対する被控訴人の主張は、要するに、右仮処分決定が形式上なお存在しているけれども、それは実質上無効であるから、控訴会社は右仮処分命令を楯にして、右株式の真実の株主である被控訴人の名義書換請求を拒み得るものではないというのである。

三、証拠〈省略〉

理由

一、控訴人は、本件の差戻後の第一審昭和三十年十二月五日の口頭弁論期日において甲第一乃至第五号証の各二の成立をいずれも認め、その後、当審昭和三十一年四月六日の本件口頭弁論期日において、右自白は真実に反し且つ錯誤にでたものであるからこれを取消すと述べた。しかし、この点につき控訴人が提出した乙第三、第四号証の各一、二(それぞれ、富士証券投資株式会社富士証券投資会、及び、富士証券投資株式会社から藤崎治宛の昭和二十七年九月二十五日、及び昭和二十八年九月十九日附信書)のうち、郵便官署作成部分を除くその余の部分は私文書であるところ、それには作成名義人又は代理人の署名若しくは捺印がないので、直ちにそれが真正に成立したものとは推定し難く、且つ、他にその成立の真正なることを認めしめるがごとき証拠がないから、これを採つてもつて証拠とすることはできず、また、同号証の各一のうち郵便官署作成部分は公文書であるから真正に成立したと認め得るけれども、この記載内容だけでは、この点に関し何等の証明力がないし、以上のほかに右自白が真実に反し且つ錯誤にでたものであることを容認せしめるに足りる証拠がない本件にあつては、控訴人の右自白の取消は許し得ないものといわなければならない。従つて、甲第一乃至第五号証の各二は、それが真正に成立したことにつき、当事者間に争いのないものと認むべきところ、これ等の証拠と、いずれも真正に成立したことにつき当事者間に争いのない同第一乃至第五号証の各一、乙第二号証、及び、原審における証人木村孝二の証言、被控訴本人の原審における尋問の結果によれば、被控訴人は昭和二十八年秋、訴外富士証券投資株式会社に対し、訴外藤崎治(原審被告)の署名押印ある白地式譲渡証書が添付されている同訴外人名義(最終名義人)の〈別紙省略〉物件目録記載の各株券を担保として、金二千五百円を貸与したが、右訴外会社はその弁済をしないので、その後三ケ月位して被控訴人は右訴外会社と協議の上、右訴外会社から右貸金の代物弁済として右白地式譲渡証書附各株券の交付を受けた、という事実を認めることができる。しかして、被控訴人が右各株券の交付を受けた当時、右訴外会社がその処分権のないことを知つていたか、少くとも、知らなかつたことに重大な過失があつたとの点につき、控訴人は特段の主張も立証もしていない。従つて、被控訴人が右各株券の交付を受けた態様、経緯が前認定のとおりであつた以上、被控訴人は善意且つ無過失であつたと認むべきであるから、仮に右訴外会社がその処分権を有していなかつたとしても、被控訴人は右各株券の交付を受けた時以降右各株券による株主権を善意取得したものというべきである。そこで、被控訴人は昭和二十九年三月中控訴会社に対し、右白地式譲渡証書を添付した右各株券を呈示して、右各株券による株式を被控訴人名義に名義書換することを請求したところ、控訴会社から後記のごとき理由で拒否せられたことは当事者間に争いのない事実である。よつて、以下、控訴人の抗弁の当否について判断する。

二、控訴人の抗弁に対する判断

控訴人は、被控訴人が名義書換を請求する右各株券による株式につき、控訴会社は、福井地方裁判所小浜支部昭和二十九年(ヨ)第四号仮処分事件について同年三月二十日同裁判所がなした仮処分決定によつて、一切の名義書換が禁止せられているので、この仮処分決定が現に有効に存在している限りこれに覊束せられるから、被控訴人からの右各株券による株式の名義書換請求に応ずるわけにはいかない、と抗争する。

(一)  成立に争いのない乙第一号証によると、右仮処分決定は訴外藤崎治(原審被告)の申請に係り、訴外富士証券投資株式会社及び控訴会社の両名を被申請人として発せられたもので、その決定の内容は、「右訴外会社(被申請人)は訴外藤崎治(申請人)名義の富士製鉄株式会社(本件控訴会社)株式壱千六百株(各額面金五十円)に付売買、贈与、交換、質権設定その他一切の処分をしてはならない。富士製鉄株式会社(被申請人、本件控訴会社)は訴外藤崎治(申請人)名義の右株式に付名義変更の要求があつてもこれに応じてはならない。」というのであつたことが認められる。

(二)  右仮処分決定は、その目的物の表示やや簡略にすぎ、ために果して右千六百株のうちに本件の別紙物件目録記載の各株券による株式を含む趣旨なのかどうか、まことに適確性を欠くこと被控訴人も主張しているとおりである。しかし、この点の判断はしばらく措くことにする。仮に、別紙物件目録記載の各株券による株式が、控訴人主張のごとく、右仮処分決定の目的物たる千六百株の株式の一部であると認め得るものとする。

(三)  しかしながら、仮に、かように認め得るものとしてみても、右仮処分決定中、控訴会社に対する部分は、次に述べる理由によつて無効であるといわなければならない。即ち、右仮処分決定中控訴会社に対する部分は、控訴会社に対し右株式の名義書換を一切禁止しているものである。

しかし、そもそも、現行商法の下における記名株式の譲渡は有価証券たる株券の裏書により、又は、株券及びこれに株主として表示せられた者の署名若しくは記名捺印ある譲渡証書の交付によつてなされ、当事者間においては右以外に何等の行為をも要せず譲渡の効力が生じて譲受人は実質上の株主となり、株式発行会社以外の第三者に対してもその株券の占有によつて株主たることを主張し得る。しかして譲受人は株主たる地位に基き株式発行会社に対し株式の名義書換請求権を取得する。しかし、株式の名義書換は株主権行使の前提にすぎない。それは株式の譲渡移転とは直接関係のないものであり、譲受人が会社から総ての関係において株主として取扱はれるがための条件、いい換えると株主が会社に対し株主たる資格を取得するがためのものである。裏書による場合以外の株式の移転について株式の名義書換をもつて株式の移転自体の第三者に対する対抗要件としていた昭和二十六年改正以前の商法(以下、単に旧商法と称する)第二百六条第二項の規定は削除せられた。株式の名義書換は、最早いかなる意味においても、株式の譲渡自体に関する要件ではない。従つて、株式の譲受人から株券を呈示して名義書換を請求せられた場合、株式発行会社はその名義書換に応じなければならない義務があり、これを拒むことはできないのである。

以上の関係は株式の移転が善意取得による場合にあつても何等異なるところがない。しかも、現行商法は旧商法第二百二十九条第二項の規定を削除して記名株式の善意取得の要件を緩和した。その結果、有価証券としての株券はその完全な姿を取得する反面、株券の財産としての安全性が犠牲に供せられたが、これは必要止むを得ない犠牲として忍受しなければならない。また、株式の名義書換請求権は、旧法における解釈とは異なり株式の取得者のみが独りこれを有するものと解すべきである。しかる以上、右仮処分決定中控訴会社に対する部分は全く無意義であるから、訴訟上有効に存在していてもその内容上の効果の伴わない無効な決定であるといわなければならない。

これを右仮処分決定自体の適否の点からみても、控訴会社は株主権の帰属を争う当事者ではないから被申請人適格を欠く。従つて控訴会社を被申請人とする右のごとき内容の仮処分決定は許されなかつたものである。尤も、民事訴訟法第七百五十八条第三項は、不動産の権利の争いに基く処分禁止の仮処分について不動産登記簿にその禁止を記入せしむべきことを規定している。しかし、この場合は登記所を被申請人とするものではないし、また、これは、単に仮処分の執行方法であるにすぎない。しかも、不動産に対する権利は登記が公示方法であると共に権利変動の対抗要件であつて、株式のそれとは全く趣を異にしている。その外、債権取立禁止の仮処分や電話加入権譲渡禁止の仮処分において、第三債務者や電話局に対し、いわゆる第三債務者の名の下に支払禁止や名義変更禁止を命じているのを往々にしてみる。この種仮処分は、その機能において債権に対する仮差押と酷似するところから、民事訴訟法第七百五十条の規定を準用して、その仮処分の執行方法として第三債務者に支払禁止や名義書換禁止を命ずる根拠もあり得よう。しかし、株式は有価証券たる株券に化体され、株券は有体動産としての執行方法に服することは民事訴訟法第五百八十一条乃至第五百八十三条に規定せられているところであるから、株式には第三債務者となる者がない。

従つて、株式については民事訴訟法第七百五十条の規定を準用する余地もない。かくのごとく、株式の処分禁止を命ずる仮処分において、それと同時に株式発行会社たる控訴会社を被申請人として株式の名義書換を禁止する右のごとき仮処分は到底これを許し得ないものである。他の説によれば、この場合、ともかく一旦、右のごとき内容の仮処分決定が発せられた以上、被申請人たる控訴会社はそれに覊束せられる。しかし、株主たる第三者にはもとより右仮処分決定の効力は及ばないから、控訴会社は右仮処分決定に従うか、或いは、第三者の名義書換請求に従うか、それを選択する立場におかれると解するものもある。しかし、当裁判所はかかる見解を採らない。当裁判所は右のごとき内容の仮処分決定は無意義であり、たとえかような決定をなしても無効であるとするのである。

(四)  右仮処分決定中控訴会社に対する部分は、以上述べた理由によつて無効であるから、従つて、被控訴人が右白地式譲渡証書を添附した別紙物件目録記載の各株券を呈示して右各株券による株式を被控訴人名義に名義書換を請求した以上、右各株券による株式が右仮処分決定の目的物たる千六百株の株式の一部であるかどうかの点に判断を進めるまでもなく、控訴会社は右仮処分決定が現に有効に存在していることを理由にそれを拒否することはできない次第である。控訴人の抗弁は失当である。

(五)  なお、控訴人は、右各株券による株式の名義書換を求める被控訴人の本件請求が認容せられるとすれば、内容上矛盾する二個の裁判が併存し種々の不都合な結果が生ずる旨を縷々陳述し、結局被控訴人の本訴請求の認容すべからざる所以を主張する。しかし、これ等はいずれも右仮処分決定中控訴会社に対する部分を有効なものとする前提に立つての議論であつて、それを無効と解すべきこと前述のごとくである以上、この主張は当を得ないものといわなければならない。また、控訴人は、更に、本訴において被控訴人の請求が容認せられるとすれば、右仮処分決定の当事者である控訴会社が有している右仮処分の当否を争い得る権利を不当に奪う結果になると主張する。この主張の趣旨は必ずしも明瞭ではないが、しかし、右仮処分事件と本件訴訟とは全然別個の訴訟である限り、後者の結果が前者のそれに訴訟上の影響を与えるがごときことは到底考え得ないところであるし、また、この主張が、若し、本件訴訟と右仮処分事件とが重復訴訟であることを前提としているものであれば、その点についてはすでに本件の差戻前の控訴審判決において両者が重復訴訟にならない旨判示しており、当裁判所はその判断に拘束せられてこれと異なる判断はできないのであるから、結局、これ等の主張もまた控訴人の抗弁を理由あらしめる根拠たり得ない次第である。

三、果してしからば、被控訴人が別紙物件目録記載の各株券による株式を善意取得したと認められること前記のごとくであり、且つ、被控訴人が右白地式譲渡証書を添付した右各株券を呈示して右各株券による株式を被控訴人名義に名義書換を請求したこと当事者間に争いのない本件にあつては、控訴会社はそれに応ずべき義務があること明かであるから、控訴会社に対し右名義書換を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきである。

よつて、右と同趣旨にでた原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第一項の規定に則つてこれを棄却すべきものとし、控訴費用の負担については同法第八十九条、第九十五条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 高橋太郎 高林克己)

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